さよなら、2年間の。


あっというまに、4月になった。
少し時間が出来て、
落語のことなども書きたいのだけれど、


職場の大掃除をして、学級日誌を改めて読み直していて。


今日、同僚M先生の結婚式があって、
そこで集う卒業生たちを眺めていたりして。


3月31日をもって、正式に、彼らは卒業したのだと。


明日入学式の学校も多いでしょう。
自分も今週、自分の学校の入学式を控えているので、
今のうちに書いておきたいなと。



この2年間、担任した生徒たちに対して、心からずっと、思ってきた。


本当に、こいつらツンデレだらけだと。
見事すぎると。


どれだけ力を注いでも全然応えてこない。斜に構えたまま引っ込んで出てこない。「もう、ダメだ、ダメなのかもしれん。…限界だ」と思った次の瞬間に、思ってもみなかったパフォーマンスを見せつけてくる生徒、クラスだった。で、そのパワーを見て「よっしゃ!」と大回復して元気になって、喜び勇んで次行くと、「先生何喜んでんの?」とでも言わんばかりの、いつもと同じダラダラぶり。腹を立てても自分が馬鹿を見る感じ。


学級日誌のことば「先生の気持ち、わからないこともないです」
どれだけ上から目線だ。


もう、あれですよ。家康でしたっけ。有名な言葉あったじゃないですか。
「百姓は生かさぬように、殺さぬように」でしたか。
絞り取るだけ絞り取られる気分で、
「こいつら、俺に仕事させる天才やなあ…」と
何度同僚に愚痴をこぼしたか分からず、


でも、本望だった。


卒業公演のことは学校のHPに書いた。
http://www.osk-ymca-intl.ed.jp/hc/event/post_290.html


公演、式と全力を尽くし、
卒業式が終わった翌日には三月寄席(高津の富)が始まり、
そして震災があってあらゆることが吹っ飛んだ感じがして、
歓送迎会でも多くの人と唐突に別れていき、


やっと怒濤の3月が終わって、
一息ついたと思ったらずーんと沈んでる自分がいて。
落語も無事終わり、時間が出来たのに何故なのか全然理解できず。


4月になり、スタッフと話していて、ふと
「喪の仕事が、ちゃんと終わっていないんだ。」
という言葉がするするっと出てきて。


ああ、これは喪失感だったのかと、気がついた。
そうして言葉にすることができて、やっと解放され始めた気がする。



昔、5年ほど前か?
保父さんをしていた友人のところに
飲みにいったら
「いいところに来たな…今日卒園式で、淋しくて一人で飲んでてん」
と言いながら、なかなかに痛んでいたことを思い出す。


昨日、今日と部屋の掃除をして、
大量の本やCD、不要品を処分し、
散髪に行って髪を短く切っていて、
どんどん気持ちがさっぱりしていき、
やっと新たな年度に向かえる気がする、と思い、
ふと、


あ、これって少女マンガで失恋のときにやることじゃないか…?


と思った。



今日結婚式を挙げ、そして関東へ転勤する
同僚のM先生と先日飲んでいて、


「あ、これって、2年間の片想いだったのか。21人への。」
と口にしたら
「うわ、きもっ!」と笑いながら言われてしまったけれど。
(あとで「気持ちは、わかる。きもいけど(笑)」とフォローが入ったがそれはフォローじゃないよね)
でも一番その言葉が言い表しているような気がするので
きもくてもいいや。
しょうがねえ。


長かった。
毎晩風呂の中で一人一人のこと、クラスのことを考えていた2年間、
ずーっと背中にかついでた大きな荷物が、今なくなっている。


その背中の軽さをどうしていいか分からずに
目の前の落語や仕事に夢中になっていた3月だったけど。


今日京橋の銀橋を渡っていたら、もう花見が始まっていて、寒いのに。
囃子に合わせて踊る人がいたり、バーベキューで飲んでる人たちがいて。
それを見ながら思った、


2年間の片想い、終了。


楽になってしまったことが、淋しかった。


来週には入学式もあり、新入生もやってくる。
この気持ちもまた、どんどん上書きされていくのだろう。
村上龍の「ラブ&ポップ」じゃないけど、
この気持ちが「つるん」と風化してしまう前に、どうしても書いておいてから
先に進みたかった。



数名の卒業生がこれを見てるかもしれず、
あるいはいつか何かの機会に見るかもしれないと思い。
そして自分が新たな年度に進むために。


卒業式の日に思いの丈は話したつもりだったけど
教員としての立場を超えては当然話すことは出来ずだったので。



僕がこの仕事に入るときに得た言葉で
卒業式のときに話したかどうかも今となっては覚えていないけれど
吉本隆明の言葉で
「ひとはひとに教えることはできない
ひとはひとに教えられることもできない」
という言葉があって。


担任をさせてもらったこの2年間のことは本当に忘れないと思う。
あなたたちを担任して、教壇に立って「教え」ることによって、
何よりも僕自身が、たくさんのものを得させてもらった。
その大きさはこれからの仕事や人生で検証されるのだろうけど、
そのかけがえのなさにはびっくりしていて。
本当に、感謝しています。


あらためて、卒業おめでとう。
心からありがとう。
最後のHRでも話したけれど、


生きてるだけで、丸もうけ、やからな。


みんなのこれからの人生に、どうか、幸も、悩みも、人とのつながりも、深い味わいがあらんことを、祈っています。


がんばってね。俺も、がんばる。