祖父の夢

●祖父の夢を見た。

祖父の骨を皆で囲んでいた。縦に平べったい、ウイスキーの小瓶の特大版みたいな容器に色つきの液体が満ちていて、その中に、祖父の骨が浮かんでいた。瓶は透明で外から見えるようになっている。

祖父のお葬式で家族全員が集まっていて、皆黒い服を着ていた。祖父の骨の入った透明な瓶は僕の脇に置かれていて、時々中の水面がちゃぽちゃぽと揺れていた。家族と親戚はみな、それぞれ祖父の話をしたりお酒を注いだりご飯の準備をしたりしていた。それを眺めて、座っていた。
突然膝のあたりに、

どん

と何かが重くぶつかってきた。


それはとても静かなのに、思いがけない大きな重みだった。

下を見ると、祖父の骨の瓶が割れていた。
ちょうど半分の所できれいにまっすぐ横に割れていて、下の落ち着いた色のカーペットに中身がこぼれだしていた。

「あらあら!」と誰かが言って
「何してるの」とちょっと場内騒然となったような気もしたが、
祖父のことだから、何の不思議もないことだ、と落ち着いていた。
床にこぼれた液体を拭き、祖父の骨を拾い集めた。

間違いなく祖父は、今僕に何かを伝えたいんだと思った。

実際の祖父の通夜のとき、とあるお金の話をし始めた親戚の足が急につったことがあった。
「足つった!」と痛がる彼に、僕ら家族はみんな「おじいちゃんが、懲らしめてはる」と自然と思った。
亡くなってからもそういう風に思わせる人だった。

祖父は僕に医者になってほしがっていた。
でも僕は、小五で盲腸になったとき、採血された自分の血を見て
貧血を起こして倒れてしまったくらいの子どもだったから
医者になるのは無理だなあ、と子ども心にも思っていて
アナウンサーになる、とか、瀬古(選手)になる、とか言っていた。
勿論どちらにもなれず。

でもまあそんなことは関係無しに、祖父は僕を可愛がってくれた。

大学で留年したり卒業しても就職せずぶらぶらしていたり
いきなり子どもができたと言って結婚式に呼んだり
あまり詳しく状況を話そうとしない僕を
少しずつ、こいつは自分の理想とは違うみたいだ、と
あきらめつつ、受け入れていってくれた気がする。
というのは希望的推測か・・・?


床にこぼれた祖父の骨は、とても細くて魚の骨みたいな形をしていた。
美味しそうだなあ、と少し思ってしまった。
そしてそのことを不謹慎やなあ、と思いながら、骨を集めた。
でもきっと「あほ!」と言って祖父は許してくれるだろう、とも思っていた。

その時急に、
ああ、もう人間の骨を手で触ったりしても、
自分は全然平気になったんだ、

今なら他人の血が流れるのを見ても、冷静でいられるかもしれない、



今もし自分が高校生なら、今から目指したら医者になれるんかなあと一瞬思い、
でも、やっぱり無理、とすぐ思い直した。

拾い集められた骨の瓶は、中の水位は少し減りつつ、僕の膝のそばに置かれた。

そのあと、同じお葬式の場面でなぜか祖父自身が出てきた。
元気そうな笑顔で、親戚一同と酒を酌み交わしていた。
もてなしが好きな祖父はあまり自分の席に座っていなくて、
一瞬だけこちら側に振り返ったその笑顔を覚えている。
充実した、幸せそうな。



なんで祖父の夢を見たのか分からないし、
何を伝えたかったのかは(そもそも何かを伝えたかったのかどうかさえ)、分からない。
思い当たることはありすぎる。


けれど、あの


どん


という感触が、膝のあたりの皮膚にずっと残って離れない。